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CHASEFITオーナーって何者?第3篇

みなさんこんにちは!

前回、前々回の自己紹介の第3篇となります。

前のブログでは前職の内容と、身体が変わってきたことについて書きましたので、今回はそこからの筋トレの深みは待っていく様をお届けしますね。

ここでトレーナーとして起業するまでいけるかどうか。

ではいきましょう!

 

35歳くらいのときに、前々から気になっていたお腹がさらに気になり始めます。

当時は運動という運動は全くしておらず、仕事も基本はデスクワークでカラダを動かく事もなく、移動手段も基本は車なので本当に体を動かす事がなかったのです。

しかも、何も考えずに食事はします。脂物や糖質なんて考えもしません。

時間があれば同僚と飲みに行くことも多いですし、そりゃお腹もふくよかになります。

 

ただ、自分の中ではこのままでは本当にヤバイという危機感もありました。

容姿的な問題はサービス業としても致命的と考えていましたし、さらに立場的にも自己管理ができてないといけないと思ってましたから。

あとはお腹が出ると洋服が似合わなくなるんですよね。

そこでダイエットを決意したんです。おそらくこの時は人生初のダイエットだと思います。

ただ決意したのはいいが、何をしたらいいか全くわかりません。

腹を凹ましたいからまずは腹筋!ていってやってました。

食事も何となく糖質が悪っていうイメージがあったので、なんとなく糖質を切ってました。でも揚げ物食べていたり。

ほんと今思うと本気で痩せる気ある?って言ってやりたいです。

その先も試行錯誤で続けますが、やはり結果が出ないんですよね。

適切な食事管理ができてないので当然ですよね・・・・

 

筋トレの方はというと、当時会社にマッチョの上司がいたので、その方に電話で聞いたりして、自宅に安いダンベルとベンチを購入し、1日30分ほどやってました。

ただ筋トレも食事と同様で、何をやっていいかわかりませんし、やっていてもその動作がどこに聞いているのかとかわからないんですよね。

これも結果が出なくて本当に挫折寸前でした。

そこで勇気を振り絞ってさっき登場した上司に教えを請いました。

そうするとその上司はすごく喜んでくれて食事や筋トレについてたくさんのことを教えてくれました。

マッチョって筋肉について聞かれると嬉しんですよね。今となれば自分もその気持ちがわかります笑

僕専用に筋トレのメニューを組んでくれたり、電話や会った時にはいつも筋トレの話をするようになったりと、そこでかなり吸収できましたね。

教えてもらいながらやるとやっぱり成果ってでるんですね。

重いものを持てるようになったり、見た目が変わってきたりして、そこからさらに筋トレの深みにはまっていきました。

 

 

ただ、楽しくて深みは待ってやっているのですが、仕事で忙しい時やどうしても気分が乗らない時もありました。

そんな時にふと思うんです。

「あれ、俺って何のために筋トレやってるん?」って。

人間って面白いもので、目的がないとやる気も出ないし、内容も良くならないですよね。

仕事では人のマネジメントをしてるので、自分のモチベーションはあまり気にしてませんでしたが、筋トレに関してはモチベーションが必要で、何か目的があった方がより良くなると思い、2017年10月のベストボディジャパンというコンテストに出場することを決意しました。

ここまでに筋トレや体にいい食事内容やタイミングなどはある程度知識が付いていて、ここから単なるダイエットではなく、コンテストに出場するために初の減量を開始します。

当時の体重は確か75キロ前後だったと思います。

体脂肪を意識し、極限まで絞るのは当然初めてなので、どれだけの減量幅があるのかもわかりませんでしたが、ある程度の仮説を立て、その仮説をもとに、残りの日数と落とす幅を計算し、それを毎月に落としこみ、それを日々のカロリーに落とし込んでやります。

結果、コンテストの直線の体重は65キロくらいでした。

これが当時のビフォアアフターです。

減量前のカラダ

減量後、コンテスト直線のカラダ

こんな感じで初の減量を終えて、コンテストに出場してきました。

 

結果はというと、まぁ予選で敗退しましたよね。

敗因はいろいろあるのですが、絞りというよりも、サイズとポージングだと思ってます。

ま、これはさておき、こうやって目的をもって身体を変えていくことで、さらに筋トレの深みにはまっていきました。

ここから翌年もコンテストに出るために、増量を開始していきます。

体重はみるみる増えて、確か85キロくらいまで増えたと記憶しています。

そこからまた同じように減量をするのですが、その時は前年のノウハウがあるので、同じようにできることと、さらに新たに得た情報を盛り込んでできるので、非常に楽にできた記憶があります。

 

そしていざリベンジとしてコンテストに出場!

結果は・・・・

また予選敗退・・・だったんですよね・・

 

正直減量はノウハウがあったので楽だったのですが、逆に少し慢心があったことで、前回よりも減量が甘く絞り切れずって感じでした。

そしてこのコンテストはこれが最後の出場となっています。

その後も意欲はあったのですが、コロナの影響やら、仕事が忙しくなり結果的にそれっきりって感じです。

そして、ここからはトレーナーになるお話になってくるので、またここからながくなってしまいそうなので、またまた続きは次回ですね。

本当は今回で自己紹介は完結予定でしたが、また長くなってしまったので、第4篇に突入ということで、また次回をお楽しみに!

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回の更新まで少しだけお待ちください。

それではまた!

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